ハウスメーカー展示場店長が
なぜアイアンドエフに転職したのか?

人物紹介

執筆者 | セールスプランナー

木村 雄大

私の両親は「とにかくやってみる」という
アメリカ人のような教育方針を持っていました。

小学校時代だけで、水泳、書道、バスケ、空手、野球、サッカーと
数々の習い事をしてきたんです。
それはもう、忙しい毎日。小学生なのに。
結果が出るまで何度もねばる「やってみる」教えは、
小学生の私には結構キツくて、何度辞めたいと思ったことか。

でも、そのおかげで空手は全国大会に3回出場、
バスケでは、世代別日本代表候補にまでなれました。

大学では建築設計を専攻。さまざまな巨匠の建築物を現地で見た時、
アーティスティックな建築への憧れはあるものの、
自分はもっと身近な「家」というものに全力を注ごう、
その方が自分らしいと思ったのです。

新卒で一部上場のハウスメーカー設計部に就職。
ところが入社年の10月、急に営業へ転属となりました。
新規のお客さんが獲れないから設計に仕事が回ってこない、という理由で。

すごくショックで「やってられない」と思ったものの、
とにかく1回やってみようと。

すると土日は先輩方が接客するので、新人の私は担当が持てません。

そんな時、まさかの、、、ガムテープで電話の受話器と手をグルグルに巻かれ、
アポが取れるまで営業電話を掛けさせられ、、、
今では考えられないようなことをされました。
そんなことをしても上手くいかないと思った私は、
休みの日も出勤して機会を待ちました。

すると偶然、都内の銀行の支店長さんを接客することに。
競合はベテランが対応しているのに、こちらは新人。
知識と経験がない部分をどう補うか、随分悩みました。
自分に何ができるかを一生懸命考えて、
3時間かけた手書きの長文手紙を定期的にお送りし、
プレゼン資料作成のため4日間徹夜で会社に泊まり込みました。

本当は正直、すぐ辞めようと思ってたんです。
営業に変わると言われた時に。
でも「木村さんに任せます」と銀行の支店長に契約してもらえた時、
恥ずかしながら男泣きしました。
本当にお客さんが喜んでくれる姿で頑張れていたのです。

全国新人賞を獲得した数年後、住宅展示場の店長に。
ただ部下にはベテランから新人までいまして、
どうやって全体の業績を伸ばすかが課題でした。
本社のマニュアルは現場と地域性に合わなかったので、
独自の方法を色々考えて業績を上げていきました。

店長を2年勤め、結婚を機に転職。
ハウスメーカー5社からお誘いがありましたが、
今のアイアンドエフを選びました。
決めた一番の理由は、人が良さそうだったから。
単純ですが、本当のことです。

アイアンドエフは約40年、
全国的にハウスメーカー様や不動産会社様を中心に
現場に寄り添った販促支援をしている広告会社です。

現在、担当するクライアントさんは
支店長さんや本社マーケティング部などさまざま。
お陰様で、顧客育成における営業ツールや、
集客施策、イベント企画など、多くのご相談をいただいております。

私たちの会社には、さまざまなクライアントさんがおり、
その企業様によって色々なやり方やノウハウがあります。
私は過去の経験やバランス、特徴を見て、
本当に必要だと思う助言やアドバイスをさせていただいております。

これは一般的な制作会社や広告会社にはできないことです。

時代の変化で、打ち手やターゲットがズレていないか、
自社だけでは課題が見えない、と感じましたら、
お気軽にご相談ください。

私とアイアンドエフの経験を活かし、精一杯ご協力させていただきます。